金原明善評 Review

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明善翁についての本や、書籍で取り扱われた箇所、コメント等を紹介していきます。

勤王無二の厳父に薫陶せられ忠君愛国の性を養成し、殖産興業に熱心して且つ常に公益を図るに汲々たる者は誰ぞと問ハバ皆先金原明善君に屈す、世に一家の資産を増やさんとして実業に勉励する者は甚だ少きにあらず、国家の為を図りて志を実業に立つる者ハ固に多からず、金原明善君の如きハ稀に見る所なり(後略)

「実業立志 日本新豪傑伝」1882年刊

事に当りて精励勤倹着実で有り且辺幅を飾らないので、実に実業家の人傑として、後進の士を欽仰せしむるに足るへき者は、世又多しとはせないのである、金原氏の如きは即ち其一人で有る、君は国家的実業に従事した人で有る、君は真に己人的利益を後にして国家的利益を先にしたる者である(後略)

「商海立志 明治豪商苦心談」1901年刊

国家に忠節、同胞に仁慈なる者、未だ曾て見聞きせざるところである、金原明善君之なり

「偉人成功史」秋田実著

一金原明善翁は近代の偉人にして「生きた神」若しくは「今尊徳」と称せられ、共の言其の行は皆以て人を戒むるに足る。

一本書は世道人心の振興に資する目的を以て、翁の小傳・事蹟・訓話及び逸事等を記述したるものなり。

一又巻末には、翁一代の重要事歴を最も簡明に表記し、更に翁に対する名士の感想を掲げたり。

一著者は翁に師事せること正に十有二年、本書の材料は主として此の間に得たるものなり。

一叙述は成るべく平易にして趣味多からしめ、又其の事実は努めて正確ならんことを期したり。

(中略)

一本書を編軸するに当りて、碧瑠璃園氏著「金原明善翁」及び静岡県知事官房編「金原明善と其事業」を参考し、又河合積文館主の労を煩したること少からず。記して以て之を謝す。

大正五年九月一日

著者識す

「天竜翁金原明善」1916年刊 水野定治

明治年間褒章条例に依り褒章せられたるもの、縣下其人に乏しからす。就中明善金原翁の事蹟の如きは、実に異彩を放つものと云ふへし。翁今や既に八十二の高齢に達するも、尚能く壮者を凌くの慨あり、則ち官房主事原口晃をして、備さに其事蹟を叙述せしむ。其意蓋し大正の新政に際し廣く之を世に紹介し、聊か世道人心の振興に今や其稿成るを告け将に梓に上せんとす、乃ち一言を巻首に序すと云爾。 静岡縣知事法学博士松井茂誌

「金原明善と其事業」1913年 静岡県知事官房

売名家だと非難した者もいたが、誰があの大事業をなしえたでしょうか。遠州の生んだ偉大な傑物であったと思う。

「遠州偉人伝」1962年刊 御手洗清著

一 あふれ出づれば田も畑も、家も人馬も流しける、実に恐ろしき天龍の水を治めし人や誰

二 荒れし産地をきり拓き、植えて育てし杉・桧、緑の林美しく、国の富をば茂らせぬ

三 粗衣に、粗食に、甘んじて、勉め励みつ人の為、世の為、ただに尽くしたる偉人金原明前翁

「静岡懸郷土唱歌」1963年刊 静岡県教育会

金原明善と「螻蟻ノ誠」

「螻蟻ノ誠」とは、「ろうぎのせい」と読みます。意味は、オケラ(螻蛄)やアリ(蟻)などの小さい生き物のような微細な誠意というものです。
金原明善は、治水や植林といった様々な事業における自身の主体性を表現する際、この語を頻繁に用いていました。
この語に托された、近世・近代転換期の日本社会を実業家として生きた金原の主体性とは、いかなるものだったのか――。
遺された史料を手がかりとしながら、これからもこの「問い」の答えを探しつつ、実業家・金原明善の実像を明らかにする研究を進めていきたいと思います。

東北大学大学院文学研究科 伴野文亮


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